「美女と野獣」の感想と2種類の主人公

この記事は5分で読めます

こんにちは。
 
先週日本で公開された「美女と野獣」実写版を見てきました。
 
主役のエマ・ワトソンがとてもきれいで、ベルにハマリ役でしたね。
ハリーポッターの3人衆のなかで独り勝ちな感があります。
 
 
ヒットした原作アニメを実写化すると失敗するって言われたりもしますが、
「美女と野獣」はそこそこ興行収入伸びるんじゃないかな。
 
ストーリーじたいは原作に忠実に描かれていて、
特に新しい展開はありませんでした。
 
 
だけどその分、楽しめる要素と学びの要素があったので、
それを今回はシェアしていきたいなと思います。
 
 

映画ではなくミュージカル

 
今回の「美女と野獣」の最大の特徴は、
そのミュージカル調な構成にあるといえます。
 
もともと原作のアニメもミュージカル調でしたが、
それはディズニーの特徴ともいえるものですよね。
 
実写版ではそれがさらにリアリティを増し、
映画館でミュージカルを見ているような感じになりました。
 
 
大ヒットを記録した「アナと雪の女王」も、
物語の前半は有名な「Let it Go」が
ミュージカルの中核のような働きをしていました。
 
物語の後半は通常のアニメの形に戻っていたのですが、
あれほどまでミュージカル調にこだわったのは珍しかったのを覚えています。
 
しかし今回はさらにその上をいっています。
日本語吹き替え版のキャストからしてそうです。
 
ベルが昆夏美さん、野獣が山崎育三郎さんと、
実際のミュージカル舞台俳優を起用するといったところからも、
その本気度がうかがえます。
 
吹き替えといえど、高いクオリティにこだわることで、
ミュージカル「美女と野獣」を完璧に表現できていました。
 
そのミュージカルというスタイルから、
テンポよく話は進み、物語に入りやすくなります。
 
つまり、映画館が映画館としてではなく、
ミュージカルの劇場のような位置づけになっているということです。
 
映画館というラベルを外し、ミュージカル劇場というラベルを
新たにつけ、世界観に入りやすくなる(臨場感を高める)工夫がなされていました。
 
このラベルをいったん外すことで新たな可能性をさぐるという視点、
覚えておいて損はないでしょう。
 
最近の劇場では4DXやその上をいくMX4Dなど、
従来の映画を視るだけのものから、
 
お客さんを映画の世界に入り込んでもらう
参加型のシートが数多く出てきました。
 
他にも東京ディズニーランドのアトラクションの一つ。
スターウォーズのスター・ツアーズなどもそのいい例です。
 
3Dゴーグルをかけてキャビンに乗り込むことで、
まるでスターウォーズの世界を飛び回っているような体験ができますし、
 
最近ではVRの技術によって、
たとえば、その場にいながらジェットコースターに乗っている気分を
味わえるようになってきたりしています。
 
こんな風に、世界観に入り込みやすくなる工夫。
つまり、臨場感を高める工夫がいろんなところでなされています。
 
これからのビジネスに求められるのは「体験価値」です。
 
今の場所にいながら、いかに
新しい世界に入り込んできてもらうか。
 
その、「日常にいながらできる非日常の体験」。
こういうものが求められる時代になってきているということです。
 
もちろん「美女と野獣」をDVDでレンタルしてみるのもいいのですが、
「ミュージカル舞台としての映画館」とセットで見ることで、
よりミュージカルを楽しめ、臨場感を高めることができます。
 
ぜひ一度、劇場に足を運んでほしいものです。
 
 

主人公として「外的変化」が描かれたベル

 
作品全体がミュージカル調という形をとった反面、
主人公のベルと野獣は、非常にわかりやすい主人公の特徴を持っています。
 
映画の作品で有名な「神話の法則」を知ってますか??
ヒットする映画などの作品には一定の法則があるというものです。
 
この法則にベルと野獣は見事にはまっています。
 
ベルはもともと小さな村の容姿端麗な女の子です。
ディズニーでは珍しい、一般庶民の出身です。
 
本を読むことで、まだ見ぬ外の世界を夢見て、
窮屈なこの小さな村から抜け出したいと思っています。
 
そんな中、父親が野獣の城にとらわれてしまいます。
 
彼女は父親を助けるために一人で野獣の城に乗り込んでいき、
父親の身代わりにとらわれの身になることを選ぶのです。
 
しかし、ここから城の住人たちや野獣との交流の中で、
少しずつ城の世界の住人と心を通わせるようになっていきます。
 
はじめは野獣と仲良くなんかできるはずないと思っていて、
寝室の窓から逃げ出そうと試みていました。
 
しかし、野獣がふとみせるやさしさに気が付き、
少しずつ心を開いていく。。。
 
 
これは、「今住んでいる小さな村」がordinary worldといって、
「日常の世界」という場面です。
 
そして主人公は、
その日常の世界から旅立ちたいと願っています。
 
しかし、その旅立ち(旅へのいざない)は思いもよらない形でやってきます。
そうです。それが父親が野獣の城にさらわれたという出来事です。
 
これをcall to adventure(冒険へのいざない)といい、
そして冒険の先で待ち受けている新しい世界をspecial worldといいます。
 
しかし、主人公は、その冒険への誘いを拒否します。
新しい世界special worldへ入ることを断るのです。
これがrefusal of the call(変化の拒絶)です。
 
ベルははじめ、「野獣の城」という
新しい世界を受け入れることを拒否していました。
 
とらわれの身になり、いったんは城の召使たちのおかげで、
牢屋から部屋へと案内されます。
 
しかし、ベルはその部屋から逃げ出そうと試みるのです。
もちろん逃げ出したいの誰でもそうでしょうが、
これが新しい世界の拒絶です。
 
しかしいったん新しい世界を受け入れると、
そこからどんどん変化・成長していきます。
 
ベルは少しずつ野獣と心を通わせることで、
今までになかった世界を知るようになります。
 
まるで図書館のような蔵書室で夢を描き、
きれいなドレスを身にまとい、
野獣とダンスホールでダンスを踊る。
 
どんどんその世界を広げていきます。
 
これが変化・成長です。
 
 
 
僕たちは、今いる現状に不満を覚えていることがほとんどで、
多くの人がなんとか今の環境を変えたいと思っていることが多い。
 
そんな僕らが根源的に欲しているのが、
ordinary worldからspecial worldへの旅立ちです。
 
しかし、ordinary worldにいる自分にとって、
special worldは未知な領域です。
 
何があるかわからない。
 
だからこそこわいんです。
だからこそいったん拒否するんです。
 
どんないいわけでもこしらえて、
special worldへ入ることを拒否するのです。
 
ですが、いずれはspecial worldに入り込むことを決めなければなりません。
問題なのは、それが自分で決めたことなのかどうかということ。
 
もちろん環境で仕方なく、ということもあるでしょう。
しかし、自分で受け入れることを自主的に決めるほうが、
その後の成長・変化も著しいものになると思うのです。
 
special worldに入ることを、
周りの環境が後押しした例があります。
 
それが、スターウォーズのルーク・スカイウォーカーです。
 
ルークは辺境の星タトゥイーンに住む青年。
いつか自分の星を出て大学に進学し、
銀河を旅してまわりたいという夢を抱いています。
 
ですが、叔父や叔母の反対によって、
家で農作業を手伝わされる人生。
 
不満を持ちながらも、そこから脱出するすべを持っていません。
 
そんな中、C3POとR2D2、オビ=ワンと出会います。
これがcall to adventureです。
 
始め、ルークは星から出ることを拒否します。
叔父や叔母が許してくれないといって、いったんは拒否するのです。
refusal of the callですね。
 
しかし、帝国軍の兵士がやってきて、叔父と叔母は殺されます。
ルークは帰る家がなくなり、自分を縛る人もいなくなりました。
 
こうやって、ルークはspecial worldへ旅立つことをきめるのです。
 
 
…でもおかしいですよね。
 
今の環境から出たくてしょうがなかったのに、
そこから出ようと誘われると断る。
 
ふつう、人はいまいる世界にどれだけ不満を持っていても、
そこの環境から出るとなると何かしらの言い訳を探して、
けっきょく今の場所にとどまろうとします。
 
ブラック企業に勤めている人がいるとして、
端から見たら、さっさと辞めればいいのにと思ってしまいます。
 
でも実際のところ。
 
仕事を辞めたら給料入ってこなくなるかもしれないし、
自分の努力不足だからとか考え出すかもしれません。
 
つまり、ブラック企業であれなんであれ、
人は自分の領域を出ようとすると、
その反作用でブレーキをかけてしまうんです。
 
 
 
そもそもベルだって、
住んでいた小さな村から出ようと思えば出れたはずです。
 
でも父親と二人暮らしで、
父親の世話をしないといけないという言い訳をして、
 
結局は本の世界に逃げ込み、
現実世界で不満を持ったまま生き続けていました。
 
野獣の城にとらわれるときも、
はじめは抵抗していました。
 
それは、野獣に対する抵抗ではなく、
この新しい世界を受け入れることに対する抵抗なんです。
 
 
 
きっと僕らも同じなんだと思います。
 
 

主人公として「内面の変化」が描かれた野獣

 
 
野獣はもとは王子だったのですが、
その冷たい心を魔女に見抜かれて、野獣の姿に変えられてしまいます。
 
人間の姿に戻るには、魔女のバラの花びらがすべて散る前までに、
愛を知り、誰かを愛し、愛してもらうこと。
 
それができなければ、一生野獣のままだと告げられます。
 
王子は絶望します。
 
こんな野獣の容姿の自分を愛してくれる人なんているはずがない。
なかば絶望しあきらめの気持ちのまま、
いつかやってきてくれる女性を待ちつづけるのです。
 
野獣の姿は、王子の本質を隠している仮面の役割を果たしています。
 
それはもしかすると自分の思い込みであったり、
いままで生きてできあがった価値観かもしれません。
その野獣の仮面のせいで、自分の本心を出すことを恐れ、
なんとか本心をさらけ出したとしても、
誰もその想いを受け入れてくれるとは思えない。
 
自分の本心をさらけ出して、それを受け入れられないことに苦しむのなら、
いっそ誰にも本心を見せず、狭い城の中で暮らしていけばいい。。。
 
そんな野獣の姿に、共感する人は多いと思います。
 
ベルも野獣も、ともに人を惹きつけるヒーローとしての要素を持っています。
 
だからこそ、多くの人は美女と野獣に引き込まれるし、
ディズニー映画に魅了されるのです。
 
原作と変わらないシンプルな物語だからこそ、
新たな楽しみ方で見てもらいたいと思います。
 
ぜひ、ごらんになってください。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

メールマガジンは準備中です。お待ちください!

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

関連記事

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

プロフィール


このブログでは、ブログアフィリエイトで稼ぐために必要な文章の極意をお伝えしています。
人の心に響くストーリーを軸としたライティングメソッドで、アフィリエイト初心者の方でも魅力的なブログ記事が書けるようになります。
プロフィールはこちら。

記事の編集ページから「おすすめ記事」を複数選択してください。